インテグリティな日々

『憲法ガール』著者(弁護士)の大島義則が日々思ったことを綴ります。

行政法ガール 第1話「新たな出会い ~平成18年新司法試験その1~」

行政法ガール

1話「新たな出会い ~平成18年新司法試験その1~」

 

 これは僕が大学3年生になる直前の春休みのお話。

 春休みを利用して、僕は、京都へ一人旅に来ていた。

 東京の煩わしい喧騒から離れて、たまには一人になりたい。「そうだ、京都へ行こう」と思い立ったわけ。いつまで滞在するかは決めていない。どこを観光しようとか、何をしたいとかも決めていない。もともと縛られるのは、嫌いなのだ。

 京都に到着してから、何とはなしに向かったのは京都御所。京都といえば、京都御所だろう。この発想自体、何かに縛られている? いや、そんなことはない。いつも色々な人に振り回されてしまっているが、今回のこれは立派な自己決定だ。立派過ぎるので、自分を褒めてあげたいくらい。

「さてと、新司法試験の平成18年新司法試験公法系第2問の問題でも解くかなー」

 僕は、京都御所内にあるベンチにどっこいしょと腰を下ろして、呟いた。

 最近、はまっているのが行政法だ。ついこの前までは憲法ばかり勉強していたのだが、さすがに他の科目も司法試験受験のために勉強しなければならない。京都御所という開放的な環境の中で、誰にも何にも縛られず、新たな気持ちで行政法の勉強を始めよう。そうしよう。

 なんだかウキウキしてきたぞ。

「あれ、行政法の勉強しているんだ?」

……

 知らない女性の声が、頭の上のほうから聞こえてくる。

 見上げたくない。

だいたい、このパターンは、分かり始めた。僕の人生において、法律の勉強をしているときに見知らぬ女性に話しかけられるのは、物語に否応なく巻き込まれる予兆なのだ。僕は、物語の主人公になんか、なりたくないのに。

「わー、建築基準法の二項道路の問題だね。面白そう」

 だけど、もちろん、物語はとまらない。このまま物語を無視しようとすれば、僕はたぶん殴られる。下手すれば、殺される。大きな物語の力に抗うことなど、僕になんかは土台無理な話なのだ。

だったら僕の選択肢は? 物語を楽しむしかない、ということだな。

 僕はベンチに座りながら、声のほうを見上げた。黒いノースリーブのチュニックに、白いフリルスカートの女性が、そこにいた。琥珀色の玉のついたかんざし一本で、黒髪をまとめあげている。年齢は僕よりちょっと上くらいか。大学生ぐらいの年齢に見える。京都御苑の枝垂れ桜から舞い落ちる無数の桜の花弁を背にする彼女の姿を見て、少しだけ心音が速くなる。

「平成18年の新司法試験の問題ですよ。一緒に解きます?」

 僕は、慎重に彼女に話しかけた。僕に絡んでくるような奇異な女性に対しては、だいたいこの対応でオーケーなはず。

「君、良いこと言うね。じゃあ、ちょっと問題文見せて」

 

平成18年新司法試験問題:http://www.moj.go.jp/content/000006520.pdf

平成18年新司法試験出題趣旨:http://www.moj.go.jp/content/000006356.pdf

 

 彼女は僕から問題文を受け取ると、数枚の問題文をぱらぱらとめくった。数秒後、彼女は僕に問題文を返してくる。どうやら問題文を読み終わったらしい。この世界では、フラッシュリーディングは、デフォルトの能力である。特には驚かない。

「じゃ、設問1のほうから解こうか」

 彼女は、細長くて華奢な左手の人差し指を使って、空中でくるくると円を描いてみせる。

「君は、本問において提起すべき訴訟類型は何が適切だと思う?」

……やっぱり僕が答える側、試される側か。何となく想像はついていたけれど。

「『本件通路が2項道路に該当しないことをAが訴訟によって確定させるため』の訴訟ですよね。取消訴訟の出訴期間が過ぎていますから、2項道路一括指定処分(新細則制定行為)の無効確認訴訟(行訴法34項)を提起すれば良いと思います。2項道路一括指定の処分性については、最判平成14117日の2項道路一括指定処分判決(判例1-1)で認められている旨の指摘が問題文にありますので、これは前提とすべきです」

「ふうむ」

 なんか変な声を出された。

「何かおかしいですか?」

Aさんはさ。『旧甲川市の基準を旧乙山町の区域にも及ぼすという新市長の措置そのもの』に対する不満①と本件通路が2項道路と判断されたことに対する不満②を抱いているわけだよね。前者は市長の規則制定行為の瑕疵、後者は規則が有効であることを前提とした2項道路該当性についてのもの。不満①②は本案上で主張していかなければならないと思うけど、2項道路一括指定処分の無効確認訴訟でこのAさんの両方の不満をすくいとれる?」

「言われてみれば……そうですね。不満②は、規則が有効であることを前提としていますので、2項道路一括指定処分の無効確認訴訟の本案では主張できそうもありません」

「そそ。だから,Aさんの不満②は別の訴訟類型にリーガルに加工してあげる必要があるよね。この2つの不満の視点は、設問1の訴訟類型及び本案上の主張、設問2の国家賠償請求の主張のあらゆるところに関わってくるから、注意が必要。立ってて、疲れちゃった。座らせてもらうね」彼女はそういうと、僕の座っているベンチの横にぺたんと座った。

「不満②の訴訟類型、何か思いつく?」

「あっ、不満②はG課長による2項道路該当通知に対するものですから、当該通知の取消訴訟(行訴法32項)が提起できそうです」

「ううーん。初学者が陥りがちなミスよね。2項道路の指定の法的効果はあくまで2項道路一括指定処分によって生じていて、G課長の通知には何の法的効果もない。処分性があるとはいえないよね。訴訟類型の選択の局面で大事なのは、事実上の行為ではなく、何らかの法律関係や権利義務関係を掴まえて、それをリーガルな形で表現することね」

「では、セットバック義務の不存在を確認する公法上の当事者訴訟(同法4条後段)、はどうでしょうか」

「それもありうるね。他には?」

 もう残弾はとっくに尽きています。僕は、肩をすくめてみせる。

「降参、かあ。2項道路指定の不存在確認訴訟(行訴法34項)が考えられるでしょ。行訴法34項には『処分……の存否』の確認訴訟が想定されているよね。問題文には書いていないけれど、問題文に引用されている2項道路一括指定処分判決(判例1-1)もこの訴訟類型のものだよね。つまり本問で想定できる訴訟類型は、2項道路一括指定処分の無効確認訴訟、2項道路指定の不存在確認訴訟、セットバック義務不存在の公法上の当事者訴訟の3つってわけ」

「一つ質問しても良いでしょうか」

「ん。なに?」

「不満①に関する訴訟類型は2項道路一括指定処分の無効確認訴訟しか想定できないからいいですけど、不満②については2項道路指定の不存在確認訴訟、セットバック義務不存在の公法上の当事者訴訟の2つの訴訟類型が競合していますよね。これって両方検討しなければいけないんですかね」

「そこは悩みどころよね。そもそも、2項道路指定の不存在確認訴訟はさっき言ったとおり最高裁で認められている訴訟類型なわけだけど、セットバック義務不存在確認訴訟のほうは最高裁判決はない。ただ2項道路一括指定処分判決の最高裁調査官解説はセットバック義務不存在のような公法上の当事者訴訟は不適法としているね」

「え、そうなんですか」不適法とする理由がまったく思い浮かばない。

1つずつ考えてみよか。まず2項道路指定の不存在確認訴訟の適法性だけど、行訴法36条は『現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの』であることを訴訟要件にしているよね。ここでいう『現在の法律関係に関する訴え』は公法上の当事者訴訟及び争点訴訟のことを指していて、これらの訴訟で目的が達成できれば無効確認訴訟は提起できない。これが補充性の要件と呼ばれるものね。本問では本件通路が2項道路に該当するか否かが問題なので所有権確認や筆界確定等の民事訴訟争点訴訟)によることはできないよね。次にセットバック義務不存在確認の公法上の当事者訴訟について考えてみると、ここで問題とされている建築基準法上の義務は2項道路一括指定に基づいて生じているから、この義務の排除を行う訴訟は公権力の行使に関する不服の実体を有することになってしまい無名抗告訴訟と理解せざるを得ない。それゆえに公法上の当事者訴訟を想定できないことになり、その結果として補充性の要件を満たすことになる、というのが調査官解説の論理なのよ。つまり、2項道路指定の不存在確認訴訟を適法とする一方で、公法上の当事者訴訟を不適法とするわけ」

「なんだか、違和感がある論理ですね……

「どのあたり?」

2項道路一括指定処分判決は平成14年に出たものですよね。平成16年の行政事件訴訟法改正により行訴法4条に『公法上の法律関係に関する確認の訴え』という文言が挿入されて、実質的当事者訴訟を活用すべしとの立法者からのメッセージが発されたわけですから、セットバック義務不存在確認訴訟が無名抗告訴訟であるなんて堅苦しいことを言わずに、公法上の当事者訴訟と性質決定する余地もあるんじゃないですか?」

「当事者訴訟活用論ね。もちろん、それは本問で出題者が考えて欲しかった論点でしょう。ただ、平成16年改正は基本的には創設的なものではなく確認的なものに過ぎないことに異論はないし、平成16年改正の立法者意思というなら、より慎重に立法者意思の内容を確認すべきね。平成16年改正の立法者意思は厳密にいえば『抗告訴訟の直接の対象とならない行政の行為(通達や行政指導など)を契機として国民と行政主体との間で紛争が生じた場合を想定』していて、本問のように行政処分が介在している場合を念頭に置いていたかは疑問ね。それに仮にセットバック義務不存在確認訴訟を認めると、訴訟類型論全体に及ぶ壮大な争点に巻き込まれることになっちゃう、というのも問題かな」

「どういうことですか?」

「現在のところ確認の利益は、民事訴訟法に準じて、確認対象選択の適否、即時確定の利益、確認訴訟の方法を選択することの適否(訴訟類型選択の補充性)の3つの視点から判断すると考える見解が多いよね。このうち3つ目の視点は公法上の当事者訴訟が、抗告訴訟に対して補充性を有していることを示している。そうすると、無効確認訴訟は公法上の当事者訴訟に対して補充性を有していて、一方で、公法上の当事者訴訟は無効確認訴訟に対して補充性を有していて……ということになる。卵が先か鶏が先か分からない状態というべきか、己の尻尾を喰らう蛇のウロボロスみたいな感じになっちゃうというべきか分からないけど、どうすれば良いか分からなくなるよね」

 確かに、大変なことになりそうだ。

「実務上は余計な争点を提起しないためにも最高裁で確立されたルートを用いて2項道路一括指定処分+2項道路指定の不存在確認訴訟でいくことになるんじゃないかな。ただ理屈の上では成り立つ2項道路指定の不存在確認訴訟に代えて公法上の当事者訴訟としてのセットバック義務不存在確認訴訟を選択するという問題の解き方はありでしょうね。理論的にも,2項道路指定処分の公定力=取消訴訟の排他的管轄=取消訴訟の強制利用が及んでいる範囲は幅員要件の緩和の点のみであって,本問では幅員要件とは独立した争点としての2項道路指定要件違反をめぐる個別具体的なセットバック義務の有無が争点となることから,行政処分非介在型の当事者訴訟と整理することもできるからね。欲張って3つの訴訟類型に言及する方法もあると思うけど、書く時間がなくなっちゃいそうだし、補充性の問題をどう自分なりに整理しているかは見せる必要は出てくるんじゃないかな」

 色々な論じ方があるものなんだなあ。

「勉強になりました。失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいですか?」

「人の名前を聞くときは、まず自分から名乗るものだよう」

「<僕>は<僕>です」

「<君>は<君>ってことね」

「ええ、それで、あなたのお名前は?」

「そういえば、なんだっけ」

 数千数万の枝垂れ桜の花弁が、一陣の風に吹かれて乱れ飛ぶ。

……

「うーん、私の名前なんだっけなあ。そもそも、ここどこだ。よく分からない」

…………

 

 やはり、物語は動き始めてしまったらしい。ニコニコ笑いながら、隣に座る女性の端整な顔立ちを見つめながら、僕は深く溜息をついた。